古写本を探求し

禅僧鑿空尋西蔵、白馬駄経又再来、阿耨達池三宿住、金剛宝土四年回、異書多半出三蔵、法海応今起大雷、更向泥巴求古本、神山宗教見新開。(禅僧は新たに道をひらいて西蔵《チベット》をたずね、白馬は仏典を背負いてふたたび来たる。阿耨達《アノクタツ》池に三たび宿住し、金剛宝土《ダージリン》に四年にして帰る。それぞれの書の大半は経・律・論の三蔵より出たものであり、仏教界は今や大雷のような仏の教えが起ころうとしている。さらに泥巴《ネパール》に趣いて古写本を探求し、ヒマラヤ山下よりする仏教は新しい展開をするであろう。)[#ここで字下げ終わり] 今夕、この本邦をさること海外数千里のカルカッタ府にありて、哲学館同窓会を開くことを得たるは、だれも夢想しあたわざるところなるべし。[#7字下げ]九、カルカッタ市内見聞[#「九、カルカッタ市内見聞」は中見出し] 十二月十五日、カルカッタ滞在、動物園に遊ぶ。十六日、博物館をみる。十七日午前、サンスクリット大学を訪い、校長サストリー先生に面会し、図書館内を一覧す。午後、妻沼氏(山形県人)在学の学校にて挙行せる賞品授与式を傍観す。インドは当時晴期にて、毎日快晴、一片の雲を見ず。気候は不寒不熱、日中は単衣、朝夕フランネルを適度とす。夜具はケット一枚にて足れり。ただし蚊帳を要す。カルカッタ市中は欧人街および土人街の二区に分かる。欧人街は西洋の市街に異ならず、土人街は不潔を極め、ここに入れば臭気鼻を奪い去らんとし、潔癖ある日本男子のよく忍ぶところにあらず。これに加うるに面色墨を帯び、額に彩色を施し、婦人は手足に環を着け、鼻孔にカスガイをうがち、包頭跣足、一見たちまち蛮人に接するの思いをなす。もしその迷信にいたりては、いちいち列挙し難し。恒河の濁水をもって最上神聖なるものとし、いかなる不潔不浄もひとたびこの水にて洗い去れば、たちまち清め得たりとなす。また、いたるところ乞食の群れを成すは、実に驚かざるを得ず。たとい表面乞食ならざるも、裏面はたいていみな乞食なり。余、これをインド在留の人に聞く。故なくして人に物を請うは、上下一般の風習にして、巨万の財を有する紳士、なお乞食根性あり、いわんや下流においてをやと。余、よって左のごとくよみたり。[#ここから2字下げ]来て見れば恒河の水は濁りてぞ、きよき仏の月はやどらず[#ここで字下げ終わり]

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