紅海書懐

  紅海書懐紅海尽頭風月幽、亜山埃水入吟眸、客身已在天涯外、遮莫家郷憶遠游。(紅海の懐いを書す  紅海の尽きるあたり、風も月もほのかに、亜《アラビア》の山と埃《エジプト》の水が詩人の眸のなかに入ってきた。旅客の身はすでに天の果てにあり、それはそれとしてもふるさとでは遠く旅にありと思っていることだろう。)   蘇士運河砂原連両岸、送暑去来風、蘇士船将泊、関山夕照紅。(蘇士《スエズ》運河  砂漠は両岸につらなり、暑熱を送る風が去来する。蘇士《スエズ》に今や船は碇泊しようとし、国境の山々は夕陽に紅く照りはえている。)[#ここで字下げ終わり] ホンコンよりここに至るまでの間、経過するところの国々は、たいていみな欧人のほろぼすところとなり、いささか感慨にたえず。よって、また詩をもって懐を述ぶ。[#ここから2字下げ]一夕枕頭思万端、苦眠不是客身単、山河所過皆亡国、志士何勝唇歯寒。(今夜のまくらもとにあらゆることどもの思いがおこり、眠られないのは旅の身である私だけではあるまい。いままで通りすぎてきた山河の地はみなほろび去った国々である。国を思う志ある者として、どうして唇がなくなると歯が寒くなるのたとえのように、そんな思いにたえることができようか。)[#ここで字下げ終わり] 十四日、カンディア島に接し、雪山を見る。気候ようやく寒し。十五日午前、日本郵船会社汽船神奈川丸に接す。海外万里の外にありて国旗を掲ぐる船を見るは、あたかも旧友に邂逅するがごとき感あり。ことに余が先年洋行のときには、ホンコン以西に日本船の影だも見ることを得ざりしに、わずかに十五年を隔てて、スエズ以西に日本船と会するは、余が大いに愉快とするところなり。よって、言文一致体の歌をつづりて、その喜びを述ぶ。[#ここから2字下げ]天日《アマツヒ》は云ふに及ばず旗までも世界を照す今日の御代かな[#ここで字下げ終わり]

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