紳士洋行漫費銭

紳士洋行漫費銭、僕貧難伍此同連、船乗二等車三等、止酒禁煙倹約専。(紳士の洋行というものはみだりに費用がかかるもの、僕は貧しいのでこれらの人々と肩を並べて費消するわけにはゆかない。船は二等に乗り、汽車は三等に乗り、酒はやめタバコもやめて、倹約をもっぱらにしているのである。)[#ここで字下げ終わり] その間巡見せる所は、博物館、美術館、動物園、植物園、大小公園、水晶宮等、いちいち記するにいとまあらず。そのうち特に記すべきものは左の二、三なり。 二月五日、曇天。カンタベリー・カテドラルに詣す。これ英国国教宗の総本山なれば、その広壮なるは言うをまたざるなり。同七日、曇晴。ブライトンに遊ぶ。貴女紳士の遊覧輻湊する所なり。あたかもわが大磯に比すべきものなり。されど、その比較は雲泥の差あり。海岸数里の間遊歩場あり、また海中に幅およそ十間、長さ三百間以上の桟橋二カ所あり、その一つは壮大なる劇場を設けたり。余ここに遊び、銅銭五文にて昼食を喫し、終日遊歩してロンドンに帰る。 十一日午前、有吉領事に伴いて、ロンドン東部貧民窟を一覧す。ここに貧民のために設置せられたる学校、病院、工場、博物館、図書館、止宿所、孤児院等を巡見せり。その中に、貧民の乳児を一日限り委託を受くる組織あり。すなわち、乳児ありて出でて労役をとることあたわざるものは、銅貨一文を添えてその子を託すれば、終日飲食を授けて養育する所なり。また、貧民に飲食を施す組織あり。紅茶大碗半文、食品一文、都合一文半にて食事を弁ずべし。余輩ここに至り、四人にて満腹食を取りて一シリングにて余りあり。また、貧民の状態を見て奇怪に感ぜしは、児童の衣服の汚穢毀損せるにもかかわらず、一人の鼻液を垂らしおるを見ざる一事なり。[#ここから2字下げ]鼻だせし子供の道に見えざるは国の開けし印《しるし》なるらん[#ここで字下げ終わり] また、街路、塀等になんらの落書きの跡を見ざるは、実に感心せり。わが国の児童のとりて学ぶべきところなり。同日午後七時、在英日本人およそ七、八十名、一同相会し、はるかに天皇陛下の万歳を祝し奉り、日本食の祝宴を開く。余、言文一致体をつづりて、[#ここから2字下げ]千万里隔つる旅の外までも今日のよき日を祝ひけるかな耶蘇《ヤソ》よりも遥かに古き紀元節是れ日の本の名物にぞある[#ここで字下げ終わり]

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