冬期中毎日風雨または曇天にして

煙突の数で知らるゝ町の富[#ここで字下げ終わり] 英国は南海岸を除くのほかは、冬期中毎日風雨または曇天にして、日影を見ることいたってまれなり。ことに北部は一層はなはだしきがごとし。 この地方にて下女の年給が、食事を給するほかに、二十ポンドないし三十ポンド(わが三百円)なりというを聞き、[#ここから2字下げ]下女までが准奏任の所得あり[#ここで字下げ終わり] 毎日曜、貴賤上下おのおのその奉信するところに従い、東西の会堂に集まる。村内四、五の会堂、いずれも群参せざるはなし。これ英国人のもっぱら誇るところにて、毎日曜修養の力、よく今日の富強をきたすというも、あえて過言にあらざるべし。よって余は、[#ここから2字下げ]喚鐘声裏往来忙、士女如花満会堂、日曜朝昏修養力、能教国富又兵強。(鐘の音のひびくなかで人の往来することせわしなく、紳士も叔女も花のごとく色とりどりに会堂にみちる。日曜の朝から夕暮れまで修養につとめ、それが国を富ませ兵を強くさせているのである。)[#ここで字下げ終わり]とつづり、この日曜修徳の方法は、わが国にても各寺院において行いたきものと思うなり。 ある日再びリーズ市に至り、同地なる工業大学校を訪い、図らずも奥田早苗氏ほか三名の日本学生に面会するを得。五人相対して午餐を喫し、終日日本談話の歓を尽くせり。 余が当地バルレー村に来たりしは、最初ロンドンにて田舎行きを志望し、そのことを林公使にはかりしに、公使の指意にて好本督氏をたずねたれば、氏は英国北部なるバルレー村、ミス・アーノルド・フォスター氏とオックスフォード大学にて知友となり、爾来親しく交際せることなれば、その方へ紹介すべしとて、余のために労をとられ、余はこの村に足をとどむることとなれり。ミス・アーノルド・フォスター氏の一家は、当地にて一、二に数えらるる富豪にして、すこぶる有力有望をもって聞こゆ。ことに夫婦ともになにごとにも深切にして、特に余をして当地寺院の別邸バックレー氏の宅に止宿するの便宜を得さしめ、遠近の学校および紳士等にいちいち紹介の労をとられたるは、余が深く感謝するところなり。 バルレー村には三月十一日まで滞留し、その翌十二日より英国の一部なるアイルランドに渡り、ベルファスト市に転寓することに定む。[#7字下げ]二二、アイルランドに向かう[#「二二、アイルランドに向かう」は中見出し] 三月十二日午後六時、英国ヨークシャー州バルレー村を辞し、アイルランドに向かう。途上、一句を浮かぶ。[#ここから2字下げ]

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